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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)926号 判決

原告 伊藤光

右訴訟代理人弁護士 永松義幹

被告 高柳あい子

右訴訟代理人弁護士 安田進

主文

1  被告は原告に対し、原告が被告に三〇万円を支払うことを条件として東京都大田区入新井五丁目二七二二番ノ二所在

家屋番号同町二七二二番ノ七

木造木羽葺平家店一棟、建坪六坪(公簿上五坪)

を明け渡さねばならない。

2、被告は原告に対し昭和三二年一一月二一日から昭和三四年三月二五日までの一ヶ月三五〇円の割合による金員を支払わねばならない。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  この判決は仮に執行することができる。

6  被告が一〇万円の担保を供するときは第一項についての、第二項によつて支払わねばならない金額と同額の担保を供するときは同項についての各仮執行を免れることができる。

事実及立証

≪省略≫

理由

1  原告がその主張の土地所有者であり、同土地を原告主張のとおり(賃料及び期限の点を除いて)訴外高城実朔に賃貸していたこと、被告が同地上の原告主張建物所有権を原告主張の日(注昭32・10・15)に右訴外人から譲り受けて取得し、それ以来同建物を占有していることは当事者間に争がない。

2  被告が右建物所有権を譲り受けるのに当つて前所有者から右土地の賃借権をも譲り受けたものであるが、その賃借権譲受について原告の承諾を得なかつたことは証人高城美朔の証言及び被告本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。被告は原告が右土地所有権を取得したのは甚だしく安値で貰い受けたのであり、たまたま地上建物所有者に変動があつて被告が同建物所有者となつたからといつて多額の承認料支払を条件とせねば被告に借地権譲受の承認をしないのは権利の濫用であると主張し、証人伊藤重男の証言によれば、原告が右土地を貰い受けたのは一坪一、五〇〇円位であつたこと、被告との調停事件における交渉に当つて借地権承認の対価として僅か八坪余の右土地について三三万円程の要求をしたことは認められるが、証言及び検証の結果によれば原告が右土地を買い受けたのは昭和二六、七年頃でしかも同土地は他に賃貸されて同地上にバラツクに類する小住宅があつたこと、しかし、同土地は国鉄大森駅に近く現在は附近に飲食店バー等が立ちならびいわゆる飲み屋街の観を呈していることが認められることからすれば、原告の右土地入手当時の買値はあながち安値であつたともいえず、原告の右借地権譲受承認料の要求をもただ不当の利得を目的とするものとし或は被告に無理を強いることのみを目的とするものともいえず、右承認をしないのを権利の濫用であるとはなし難い。

3  そして、原告がその主張のとおり、右借地権の譲渡を理由として前記訴外人に前記土地賃貸借契約解除の通知をなしたことは成立に争のない甲第四号証の一、二によつてこれを認めることができるので、右賃貸借は昭和三二年一一月二〇日に解除されたことになり、原告はその翌日以降少くとも賃料相当の損害金を蒙つているものとすべきであるところ、被告は昭和三四年三月二六日の口頭弁論において右建物の買取請求をなしたので、同日原被告間に右建物売買契約が成立したと同一の効力を生じ、同日以降右建物所有権は原告に帰属し、右賃料相当の損害の発生は同月二五日までに止まり、また同建物収去を求める原告の請求は失当となつたものというべきであり、右賃料額が昭和三二年一〇月以降一ヶ月三五〇円であつたことについては被告が明に争わないからこれを自白したものとみなすほかはない。

4  ところで、被告は右のとおり建物買取の請求をしているので前記のように右請求はすでに原告と前記訴外高城との間の土地賃貸借契約解除後であるとはいえなお効力を有し、原告は右建物の価格を被告に支払うべきであり、被告はその支払を受けることを条件として(とくに占有権原の主張はないので)右建物を原告に明け渡さねばならない。

被告は原告の右買取価格の算定については被告が右建物譲受後になした建物の改装による増加価値の外同じく右譲受後同建物に附属させた造作物その他諸設備の価格をも算入すべきであるとするが、この買取請求権の認められた法の趣旨からすれば建物の経済的効用をなるべく維持しようとするのであるからすでに改、造築部分が建物と一体となつて建物の一般的利用価値を増し、その改、造築部分をとり外して旧に復することによつて建物の効用を減じ却つて不経済な結果を来すようなことにならぬ程度の工事の結果は、たとえすでに土地賃貸借契約解除後の工事にかかるものであつてもなお右算定にあたつて算入すべきであるけれども、他面建物所有者が土地賃貸人の制止にもかかわらず一般的利用には不必要と思われる特殊な構造や用途のためにした改装部分及び造作部分はこれまたすでに建物と一体となつて買取人の所有に帰したことになつても(売買代金としてでなく他の理由による請求をすることは格別として)、これを右売買の対象として代金額に算入すべきではないと考える。建物敷地の借地権の価格を算入すべきでないことはいうまでもない。

そこで本件の場合の右買取価格についてみると、被告の譲受当時の状態における本件建物価格はこれを適確に知り得らる証拠がなく(証人高城美朔の証言及び被告本人尋問の結果によれば右譲受に当り借地価格をも含めて六〇万円と算定したことが認められるが、それは右各証拠によれば債権の代物弁済額としての評価額であり、借地権価格をも含めているので建物自体の価格を知る資料とはならない。)成立に争のない甲第五号証、証人伊藤重男、高城美朔の各証言及び検証の結果から推察すれば、せいぜい一〇万円程のものであつたと思われる。右建物については被告が譲受後昭和三二年一一月中バー営業向に改装工事を始め二〇日位の工事期間を要したことは証人伊藤重男、鳥沢登の各証言で明であるので、その工事による増加価格についてみると、被告本人尋問の結果及び検証の結果によれば右工事費は建物の屋根、便所、手洗カウンター、洋酒棚、窓、床、内部板壁、照明器具等の修繕新設、とりかえ、内外部塗装等について五〇万円ないし六〇万円を要したことが認められるようであり、また昭和三五年三月現在における右改装後の建物価格が六五万余円であることは鑑定人郡富次郎の鑑定の結果によつてこれを認め得られるようであるけれども、証人伊藤重男の証言によれば原告は右工事の半頃被告方の工事人を通じて同工事の中止方を申し入れたにもかかわらず被告はこれを聞き入れないで同工事を続行して完成したことが認められること、右鑑定には詳細な鑑定理由がなくカウンター等建物の一般的利用に直接必要としない造作の評価も価格に含まれているか否か明でないこと、原告が右建物を買い取つた後被告と同様のバー営業に同建物を使用するか否かは必ずしも明でないこと(附近の状況からすればそのような利用の可能性は全くないとはいえないが、そのような可能性だけでことを判断できない。)等を考慮に入れ、前記買取請求権制度の趣旨を加え、前認定の附近の状況からして右建物は何等かの店舗用として用いられるのが相当とされること及び検証の結果とも綜合してみると、少くともカウンター、洋酒棚、板壁、一部の照明器具は建物の一般的利用には不必要なものであり、建物自体の増加価格として算入すべきでなく、もとよりタンサン水機械や電気看板等は建物以外のものとして所有権移転の対象外とされるべきであり、原告の買取価格として算定すべき右工事上の増加価格は二〇万円位のものと思われる。以上のとおり右各価格の算定はおおむね推察的なものであるが、これも本件の場合前記のとおり適格な資料がない以上止むを得ないとすべきであり、結局原告の支払うべき代金は合計三〇万円を以つて相当と判断する。

5  以上のとおりであるから、被告は原告に対し、原告から三〇万円の支払を受けるのを条件として右建物を明け渡し、かつ昭和三二年一一月二一日から昭和三四年三月二五日までの一ヶ月三五〇円の割合による金員を支払うべきであり、これを求める原告の請求は正当であるからこれを認容し、前記建物買取代金の額の確認を求める原告の請求はその利益を欠き失当であり、以上認容の範囲を超える原告の第一次の請求も失当であるからそれ等を棄却することとし、仮執行及びその免脱宣言については本件建物所在地が前記認定のように商業適地であることからして早期の執行及び双方当事者の蒙るであろう実際的損害を考慮してこれを付することとし、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(判事 畔上英治)

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